異業種参入の成功要因 - 富士フイルムの事例を通じて

■異業種参入の成功要因 - 富士フイルムの事例を通じて

 企業が衰退する理由には多くの要因がある。その一つの大きな要因が、新しい技術イノベーションによって既存技術が陳腐化することである。例えば、フィルム業界の二大メーカーであったコダックと富士フイルム(以下、富士)は、同じコア事業を有していながら、対照的な運命をたどっている。コダックは技術転換に乗り遅れて、倒産への道を突き進むことになったが、富士は見事にフィルム事業からヘルスケアや医療事業にコア事業をシフトすることで企業を再度、成長軌道に乗せることに成功した。しかも、この成功事例でとくに注目しなくてはならないのは、化粧品分野というまったくの異分野に新しいコア事業の柱を築いたことである。

 富士の化粧品分野での成功要因としてよく指摘されるのが技術シナジーの点である。事実、写真技術というのは化粧品分野の技術と非常に親和性が高い。例えば、人間の肌のハリに欠かせない要素であるコラーゲンは、写真用フィルムの感光層や写真の表面のコーティング剤に使われる。つまり、富士が長年蓄積した研究成果を生かせる分野が化粧品分野であった。

 しかし、実際には富士の化粧品市場の参入に際してはかなり否定的な意見も多かったし、戦略テキスト的に考えてもかなり無理のある戦略と言っても過言ではない。例えば、当時、コンサルタントのアドバイスは、化粧品分野に富士の名前で参入してもイメージ的に無理があると言われたことや、また基礎化粧品の分野で商品パッケージに赤色を使用しても売れた実績はないなど、ネガティブな要因が多かったのも事実である。さらに、化粧品業界は約2000社と参入企業が多く、この分野のリーディングカンパニーである資生堂でも市場シェアの10%も取っていない業界である。しかも、市場は成熟化している。このような分野に後発で、しかもまったくの異分野から参入することはかなり無謀な戦略と言われてもおかしくはない。にもかかわらず、富士は他の化粧品メーカーと異なり、技術力を前面に押し出す独自性の高い戦略を創造し実行することで、この分野である一定の市場シェアを獲得している。

 本稿では、この常識を覆す富士の成功事例を、既存の技術シナジーの視点からではなく、経営のより多角的な側面から読み解いてみよう。常識を覆す戦略をとれた第一の要因は、富士が異業種から参入したため、既存の業界の成功パラダイムに縛られなかったからである。そのため、富士は他の化粧品メーカーとは異なる視点で市場をとらえることが可能であった。つまり、イメージなどの感性価値が支配している市場に、技術を軸とした機能価値の差別化戦略を打ち出すことができた。

 常識を覆す戦略を取れた第二の要因は、企業が危機的な状況に陥っている時に、外部のコンサルタントの意見や、同じ業界または他の業界の成功事例に無批判に従わなかったということである。得てして危機に瀕した企業ほど、外部の意見や他の成功事例に安易に従う傾向がある。もちろん、外部の意見にまったく耳を貸すなと言っているのではない。外部の意見を聞いたうえで、改めて自社の強みが何かを考えるということである。富士はフィルム事業が危機に瀕している際に、自社の強みは何かということを改めて問い直し、そして、その強みを生かせる分野を徹底的に自社で考え抜いたからこそ、業界の常識にとらわれない独自性の高い戦略を実行することが可能であったと考えられる。

 常識を覆す戦略をとれた第三の要因は、自社の強さを市場に解釈してもらったということである。換言するならば、自社の強さを市場に読み替えてもらったと言っても良い。富士はこの業界の参入に際して、感性への訴求が競合他社に比べて弱いことを認識していた。そのため、高度な技術を全面に出すことが市場で受け入れられるかどうかということは、実は未知数であった。そこで、富士は顧客に、「富士が化粧品を出すことについてどう思うか」と尋ねると、返ってくる答えは「なぜ富士なのか」ということであった。その時に、富士の技術力があるからこそ、肌のトラブルを解決できると答えると、顧客は納得したという。富士はこの気づきを通じて、強みである技術力を前面に出すことで、逆に富士ならではの感性価値を創造できるということを学んだことが、業界の常識を覆す戦略を生み出すきっかけとなったのである。

 今まで述べてきた議論を改めて整理すると、まずは業界の常識や成功のパターンに縛られずに、自社の強みは自社で徹底的に考えてぬく。そして、自社の強みが本当に市場に求められているのかを、市場の解釈を通じて確かめるということである。

 富士の事業転換のポイントは、コア事業が成熟化している多くの企業にとって示唆深い事例であることは間違いない。

髙井 透(日本大学商学部教授)

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